アヴェ・マリア、恵みに満ちた方
―主任司祭メッセージ 12/13―


 「アヴェ・マリアの祈り」を唱えるたびに、わたしたちは天使ガブリエルのあいさつに表れた、
マリアさまに対する神さまの御はからいの素晴らしさに感動します。
エリザベトもその感動のあまり、この祈りの中で次のことばを言います。

「あなたは女の中で祝福された方です。
胎内のお子さまも祝福されています。…」
(ルカ 1・42b)

 また

「主がおっしゃったことは必ず実現すると信じた方は、
なんと幸いでしょう。」
(ルカ 1・45)

 お生まれになるイエズスさまをふさわしくお迎えするために、待降節の典礼はマリアさまから
学ぶように、わたしたちを導いてくれます。
 
12月8日の「無原罪の聖母」の祭日は、神さまが人間の歴史にお入りになることを示すもの
ですが、それも、マリアさまの「承諾」によるものです。つまり、マリアさまは教会の信仰の模範と
されています。

 今回、マリアさまに対する神さまの御はからいの素晴らしさに心を留め、さらにわたしたち一人
ひとりに対する神さまの御はからいの素晴らしさを思い起しましょう。
 
考えたことがありますか? わたしたちに対する神さまの素晴らしい御はからいを!

 神さまが創られたものは、全て素晴らしいですが、その中で最も素晴らしいものは人間、
つまりわたしたち一人ひとりです。使徒信条にあるように、

(神が)人となり…おとめマリアから生まれ、   るほど、

人の尊さを神さまは示されました。それを表すものが「信仰」です。

 信仰によらなければ、わたしたちは本当に幸せにはなれないでしょう。また、天から来る幸せを
信じなければ、人の幸せはありません。
 こうして、マリアさまはその信仰によって、教会であるわたしたちの模範となり、またその信仰に
よって、イエズスさまばかりか、わたしたち一人ひとりをもお生みになり、神の母、教会の母とも
なられました。

 マリアさまの信仰なしにクリスマスもなかったでしょう。だからマリアさまは「新しいエバ」とも言われ
ます。
 はじめのエバ(命 いのち)は誘惑者に負けて神さまを信じなかったので、不幸がこの世に
入りましたが、マリアさまの信仰によって、新しいアダム(人 ひと)、救い主キリストがお生まれに
なりました。信仰によってわたしたちもキリストに結ばれて、共にそのいのち、
つまり「神の子のいのち」に結ばれます。
 「信仰」は羊飼いたちを馬小屋に導き、また星のしるしを信じて旅立った博士たちをも導きました。

 マリアさまから学ぶとともに、マリアさまに願いたいと思います。
 わたしたちのためにも、御子キリストからの信仰の恵みが増し、神さまのわたしたちに対する
御はからいの素晴らしさに目覚めますように。また、わたしたちの救い主キリストに出会うことによって
その平和を知り、その豊かないのちにあずかることができますように。

 世界中の人々にその良い知らせを伝えるために、またマリアさまとともに出かけたいと思います。


そのころ、マリアは出かけて、急いで山里に向かい、ユダの町に行った。
そして、ザカリアの家に入ってエリザベトに挨拶した。
マリアの挨拶をエリザベトが聞いたとき、
その胎内の子がおどった。
(ルカ 1・39〜41a)





 また来週!


カトリック百合ヶ丘教会主任司祭 マリオ・ビアンキン


* 典礼用に、日本の司教団は「新共同訳」の聖書を使うように定めています。
ここに載せる聖書は、「新共同訳」の聖書です。

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