わたしを見た者は、父を見たのだ(ヨハネ14・9b)
―主任司祭メッセージ 5/16―



 ディオグネトスへの手紙は、キリスト信者がどんな人々なのかを説明するのですが、その終わりに
次のようにあります。


   「一言で言うなら、魂が体の中にいるように、キリスト者は世の中にいるのです

またヨハネの福音書にもキリストを信じる教会の神秘について、次のように書かれています。

いまだかつて、神を見た者はいない。
父のふところにいる独り子である神、
この方が神を示されたのである。
(ヨハネ 1・18)

 つまりここに はっきり記されていることは、心の目がなければ(信仰の恵みがなければ)、神さまのいのち
の神秘に近づくことはできない、ということです。
 
わたしたちの身体の感覚を通してその感覚を超える「真理をことごとく(ヨハネ16・13)知ることができる
ようにしてくれるのが信仰です。

 今日5月16日、わたしたちの中に「司教様」が来られますが、教会はいつもミサの中で、司教様の
ために祈っています。第二奉献文の祈りは「…キリストの御からだと御血にともにあずかるわたしたちが、
聖霊によって一つに結ばれますように
」と言い、次に

   世界に広がるあなたの教会を思い起し、
   
わたしたちの教皇 フランシスコ、
   
わたしたちの司教 ラファエル梅村昌弘、
   
すべての教役者をはじめ、全教会を愛の完成に導いてください  と祈ります。 

 では、司教様ってどなた?
 
この話の参考に、テルトリアヌス司祭の文を通して学びたいと思います。このテルトリアヌスは、
ディオグネトスへの手紙と同じように、初代教会の様子、教会とその信仰を証して次のように書いて
います。

   わたしたちの主イエス・キリストは地上におられた間、ご自分がどのようなものであり、
   どのようなものであったのか、御父のどのような意志を行ったのか、人間にどのような
   行動を命じたのか、ということを、公に、あるいは弟子たちだけに言明された。そして、
   主はその弟子たちの中から主だった十二人をご自分のそばに置き、諸国民の教師となるよう
   お選びになった  と。それからさらに説明します。

   使徒たちの中の一人が脱落したが、主は復活の後、御父のもとに帰る前に残りの十一人
   に対して、行って諸国民に教え、父と子と聖霊によって洗礼を授けるようお命じになった。
   これは、イエズスさまの次の言葉にもとづく任務を果たすためでした。

   イエスは近寄ってきて言われた。
   「わたしは天と地のいっさいの権能を授かっている。
   だから、あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい。
   かれらに父と子と聖霊の名によって洗礼を授け、
   あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい。
   わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。」
(マタイ 28・18〜20)

  

 テルトリアヌスの文章は次のように続きます。

   そこで直ちに使徒たちは―この名称は「遣わされた者」の意味である― … まずユダヤをめぐって
   イエス・キリストへの信仰を証しし、諸教会を建て、ついで世界各地へ行き、諸国民に同じ信仰
   を表す同じ教えを宣べ伝えたのである。それから使徒たちは、各都市に教会を建てた。
   その他の諸教会は、これらの教会から信仰を受け継ぎ、教えの種を受け取ったし、今でも受け取って
   教会となっている。したがって、これらの諸教会も使徒によって建てられた教会の子孫として、
   使徒の建てた教会とみなされるのである。 …
 
  このように、すべての教会が一つの教会である…、すべての教会はあの最初の教会である。

 司教は使徒の後継者として、地方にある教会を司る方です。日本で横浜教区と呼ばれる
わたしたちは、地方の教会で、使徒の後継者つまりわたしたちの司教は、教区長と言われます。
教区はまた小教区に分けられていますが、司教のもとで「同じ教会」がそこに生きています。
 司教様を囲む今日は、いろいろな「しるし」を通して、「教会」であり「キリストの体」であるわたし
たちの姿が豊かに見えるようになっています。また、そのわたしたちがその体の一部であることを、
豊かに味わうこともできるようになっています。

 今日は主の昇天の祭日ですから、イエズスさまのお言葉を思い出したいと思います。


…「全世界に行って、すべての造られたものに福音を述べ伝えなさい。」…
主イエスは、弟子たちに話した後、天に上げられ、
神の右の座に着かれた。
一方、弟子たちは出かけて行って、いたるところで宣教した。
主は、彼らと共に働き、彼らの語る言葉が真実であることを、
それに伴うしるしによって、はっきりとお示しになった。
(マルコ 15b、・19〜20)

 また来週!


カトリック百合ヶ丘教会主任司祭 マリオ・ビアンキン


* 典礼用に、日本の司教団は「新共同訳」の聖書を使うように定めています。
ここに載せる聖書は、「新共同訳」の聖書です。

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